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大阪高等裁判所 平成7年(う)479号 判決 1996年3月07日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中二五〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人池本美郎作成の控訴趣意書及び控訴趣意書補充書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官山田廸弘作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一  事実誤認の主張について

一  論旨は、要するに、原判決は、原判示第一の事実につき強盗致傷罪が成立することを認めているが、被害者渡辺俊郎(以下、単に「渡辺」と言う。)にスタンガンを突き付けて放電させた被告人の行為は、渡辺が驚いたすきに現金在中のジュラルミンケースを奪取しようとしたものにすぎず、その反抗を抑圧するに足りる暴行を加えたものとは言えない上、同人の受傷の結果ももっぱらその落ち度に起因するものであって、被告人の行為との間の相当因果関係を欠くため、せいぜい窃盗未遂罪又は窃盗罪が成立するにすぎないから、強盗致傷罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実誤認があるというのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原判示第一の事実につき強盗致傷罪が成立するとした原判決の判断は、後に指摘する点を除き、「判示第一の事実についての事実認定の補足説明」の項で判示するところを含め、おおむね正当として是認でき、この判断は、当審における事実取調べの結果によっても動かない。以下、所論にかんがみ、若干説明する。

二  スタンガンを突き付けて放電させた行為について

1  弁護人は、スタンガンの電極棒を他人の身体に接触させて放電させた場合に、原判示のとおり、相手方を一時的に自己制御不能ないし抵抗不能状態に陥れるという効能ないし威力があるとしても、被告人には、スタンガンを渡辺の身体に接触させて右の威力を発揮させる意図がなく、単にスタンガンの放電を見せて同人を驚かせる意図しかなかったから、同人にスタンガンを突き付けて放電させた被告人の行為は、反抗を抑圧するに足りる暴行を加えたものとは言えないと主張するほか、弁論においては、さらに、スタンガンの右のような威力そのものを争い、スタンガンには凶器としての客観的機能がないから、右のような被告人の行為はおよそ反抗を抑圧する暴行たり得ないと主張する。

2  そこで検討するに、原判決が、この点につき、「スタンガンとは、高電圧の電気ショックにより随意筋のコントロールを一時的に遮断させるもので、(中略)暴行や脅迫を与える意思で使用すれば肉体的にも精神的にも相手の反抗をほぼ完全に抑圧する効果を有する」と判示している点は、その輸入会社に対する電話での事情聴取結果(司法警察員作成の平成六年六月二三日付け捜査報告書)に依拠したものであると解されるところ、本件のスタンガンが右のような威力を有するものとして販売されていたこと及び被告人も右のような威力に着目して購入したものであることが証拠上明らかである上、技術吏員中野潔作成の鑑定書によれば、スタンガンは、高電圧の瞬間的な放電をごく短い周期で繰り返すものであり、負荷抵抗が大きくなればなるほど放電電圧が高くなり、逆に放電電流が低くなるという関係にあるが、種々の実験における最大値をとれば、それぞれ最大三万六〇〇〇ボルト(無負荷時)及び四・九六アンペア(負荷抵抗一〇〇オーム時。なお、その時の電圧は三五二ボルト)であったというのであるから、感電についての一般的な社会通念に照らせば、右鑑定結果も原判決の認定を支持するものと言えないではない。

しかし、右の各証拠は、いずれも人体に対する実験の結果を必ずしも具体的に明示したものではないから、スタンガンが輸入会社や販売会社の宣伝どおりの威力を一般的に有するかどうかについては、多分に疑問の余地が残るところであり、当審において、庵前美昌が、弁護人の依頼により実際にスタンガンを腕に当てて放電させてみたが、さほどのショックは感じられなかった旨証言するに至ったことに照らすと、右の疑問は一層大きいものとなったと考えられる。もとより、右証言によっても、針を刺したような瞬間的な痛みを感じるとともに、腕が小刻みに震える状態になったというのであるから、ある程度の電気ショックがあったことは明らかである上、スタンガンを接触させられることをあらかじめ知らなかった場合や、被害者の年齢、体格及び健康状態や接触部位等が庵前のそれと異なる場合には、右の証言以上の効果が生じるであろうと考えられるが、その程度を証拠によって具体的に確定することは不可能であり、いずれにせよ、本件において右宣伝どおりの威力を認めることには疑問が残らざるを得ない。したがって、原判決の右判示のうち、「肉体的にも精神的にも相手の反抗をほぼ完全に抑圧する効果を有する」とする部分については、必ずしも文字どおりの信用性を認めがたい証拠を信用した結果、事実を誤認したものと言わざるを得ない。

3  しかしながら、渡辺は、本件以前にはスタンガンの存在及び威力について全く知らなかったものである上、放電中のスタンガンを実際に身体に接触させられたわけではなく、バチバチという放電音と青白い火花を発しつつ放電しているスタンガンを目の前に突き付けられただけなのであるから、本件における強盗罪の成否を判断する上では、スタンガンを顔面に向けて突き付けながら放電させるという行為が反抗を抑圧するに足りる暴行と言えるか否かを判断すれば足り、スタンガンが身体ないし顔面に接触した場合に生じる効果の確定自体は、必ずしも必要不可欠ではないと解される。

そして、このような見地から、本件におけるスタンガンの使用態様を検討すると、<1>渡辺の顔面に向けてスタンガンをいきなり突き付け、バチバチという放電音と青白い火花を発生させつつ放電させた行為は、渡辺がとっさにこれを避けたため、顔面から一〇ないし二〇センチメートルのところに届いたに止まっているけれども、それが身体に対する不法な有形力の行使であって、暴行に当たることは明らかであること、<2>通常人であれば、突き付けられたものがどのようなものであるか直ちに分からないとしても、かえってそれだけに、激しい放電音及び火花から感電の危険を予想して強い恐怖心を持つのが当然と考えられること、<3>右で予想される感電という結果は、自然現象としての放電を装ったり、大音響を発生させるなどして被害者を驚かせた上、財物に対する被害者の注意を単に他にそらせようとした場合とは異なって、犯人の意図的な攻撃であることが一見して明白であり、被害者の反抗の意思ないし意欲に直接に影響を及ぼすべきものと考えられること、<4>本件犯行現場は、幅が一・三メートルしかない階段ないしその途中の踊り場であり、渡辺が現金入りのジュラルミンケース二個を両手に持っていたこともあって、いきなり至近距離からスタンガンを顔面に突き付けられた場合に、身体の安全を確保しつつ冷静に対処するようなゆとりはなかった上、付近には、一目散に逃げ出そうとしている三浦明彦(以下、単に「三浦」と言う。)以外に助けを求めるべき人がいなかったこと、さらに、<5>本件犯行現場が部外者立ち入り禁止の職員専用通路であり、渡辺らが二人一組で多額の現金を運搬していたことなどに照らすと、マスクをした犯人に突然襲われた渡辺らが、犯人から相当強度の暴行又は脅迫を加えられるに違いないと考えたとしても無理からぬものがあり、現に三浦は、ジュラルミンケースをいきなり被告人に奪われるや、何らの反撃を試みることなく一目散にその場から逃げ出していること等の事情にかんがみると、その直前に三浦から奪ったばかりのジュラルミンケース(以下では、これを「本件ケース」と言うことがある。)の奪取をより確実なものにするため、渡辺の顔面に向けていきなりスタンガンを突き付けながら放電させた被告人の行為は、本件の具体的状況の下において、渡辺に対し反抗を抑圧するに足りる暴行を加えたものと認めざるを得ない。また、右に判示した使用態様に加え、被告人が本件のためにスタンガンを購入し、幾度か放電させてみた上、本件の際包丁と共に持参していたことなどを併せ考えると、故意を認めるについて格別問題があるとは考えられない。

したがって、所論は採用できない。また、スタンガンの威力に関する前示の原判決の事実誤認は、結局、判決に影響を及ぼすべきものとは言えない。

以下省略

(裁判長裁判官 青野平 裁判官 清田賢 裁判官 的場純男)

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